ボランティア(手話)

ボランティアは元々ラテン語の一つで志願するという意味があります。自主的に行うという事もそうです。手話を覚えようと思ったのは手話に関心を持ったからなんです。ユーキャンで手話をやってみましたが挫折してしまいました。いろんなボランティアをしてみましたが、その中で大変だなあと思ったのが、聾者とのやり取りです。

 

ヘレンケラーさんの言葉だと思っていましたが、大学の先生にそれはドイツの哲学者の言葉だよと訂正されましたが、それを紹介したいと思います。

 

目が見えないことは人と物を切り離す。耳が聞こえないことは人と人を切り離す。

 

私はこれについて強い衝撃を覚えました。情報障害だけではないんだという事が分かりました。挫折してしまった手話ですが、拙い手話で聾者と話してもちんぷんかんぷんです。(笑) 聾者の皆さん、ごめんなさい。

 

一緒に地域活動支援センター「手楽来家」の仕事を志願して聾者と一緒に仕事をしていくと、手話はまだまだなんですけど、何を話したいのか?は分かるようになっていました。

 

手話が分かるという事は聞こえる人と聞こえない人を繋ぐことが出来るという事、手話を覚える事で、聞こえない方々との繋がりを作れたらと思いました。皆さん、手話を覚えるのは大変ですが、手話の全く分からない人の言葉を手話に変えて、聾者に伝えることが出来ます。聾者の手話を日本語に変えて、手話の分からない人に伝える事も出来ます。

 

これは大変ですけれどもそういう志願をする人が少ないので、困っている聾者は沢山います。確かに手話を覚えるって英語を覚えようとするのと同じぐらい大変です。日常生活でもあまり使いません。なので、言葉は悪いですがボランティアの中で手話は人気がありません。新潟では手話の分かる人は未だに少ないそうです。

 

皆さん、志願して、手話の分かる人になってみませんか?