結婚式でスピーチをしてくれ

新潟大学で学生による手話のスピーチコンテストが開催されるそうです。

手話のスピーチというものもあるのですね。


日本語を使う私たちは、日本語のスピーチがあることを知っていて、全国各地でコンテストも開催されています。また、会社でのスピーチがあったり、冠婚葬祭と言えばスピーチは欠かせません。

 

日本語を操る私たちは、不思議なことに日本語のスピーチが苦手だったりします。「結婚式でスピーチをしてくれ」などと友人に頼まれた日には、書店の棚に並んだ『結婚式の挨拶』なる指南本を手に、本番まで何度も何度も練習するのです。
スピーチと言うのは、普段のなにげない言葉とは全く違う感じがします。まず、多くの聴衆の前で話すのが大きく異なる点です。さらに、自分の言いたいことを、適切かつ標準的な言葉で、抑揚をつけて、聴衆に訴えかける側面があります。
私自身のことを思い出してみると、小学校の頃、日替わりで、日直が前に出て1分間スピーチをするという、冷や汗イベントがありました。

 

「起承転結」ということばがあります。物語における四段構成を示すものです。聞いていて分かりやすい話と言うのは、あちこち滅茶苦茶に展開するのではなく、順序立っているように思います。自分の主張をもっているだけでは駄目で、それを言葉にし、相手に正しく理解してもらう必要があります。

 

果たして、手話のスピーチもそうなのでしょうか。非常に興味深いです。

そういえば、手話スピーチは、耳は聴こえる方で、手話を学ぶ学生や手話の学習者がよくされています。一方で、手話で生活されている耳の聴こえない方が手話スピーチ、と言うのは耳に挟んだことがありません。そういった洗練されたスピーチを是非目にしたいものです。きっと、スピーチする方にとっても、積み重ねるスピーチ練習の過程から、自分の意図や相手の反応を意識する良いものだと思いますのに。