『豊田ショック』

――てっきり私は日本人だと思いこんでいました。

(ここでいう日本人とは、私自身と同様に日本で生まれ、日本で育ち、学校で日本語を学び、日本語を使って生活している人を指しています)

思い込むというよりも、私たちは特に意識することなく、幸か不幸か先入観のようなものをもって他人に接することがあるのです。

ここは日本。彼女は日本語を話していました。(わざわざ日本語を話す、と補足するまでもなく自然に話すのです)

――ある昼下がり、新聞の紙面の『豊田~さんが~』という文字列がふと目に入りました。

それは、人の名前でした。

 

――彼女は、読み方を知らないようでした。

「知らない」というより、全くもって見当違いなことを言っていました。

なんと言ったかはっきりとは覚えていませんが、「ウラ…」とかそんなことを言うのです。

私はどことなく一抹の疑念を抱きました。

――彼女の顔には明らかに戸惑いがありました。

 

――「トヨダ」か、「トヨタ」か、あったとしても「ホウダ」でしょうか。

それ以外にはおそらくないのです。

私は「トヨダ~さんでしょう」と彼女に伝えました。

――彼女の顔には依然として戸惑いがありました。

 

――次の日、彼女は「自分は中国で生まれたのだ」と言いました。

その後日本に来て暮らしているということを知りました。

私は彼女が中国語を話すことも知りました。

日本語を話すことと、日本語の読み書きが苦手であることも。

――昨日の彼女の戸惑った顔の理由も。

 

――そのとき、私は自分で自分を計りしれない、コントロールできない、領域があることに改めて気が付きました。

 

――このことを契機にして、「聞こえるだろう」が、「もしかして聞こえないかもしれない」に

変わった瞬間の自分が思い起こされました。

その二つの経験は、私の中で、ぴったり重なり合っても均衡を崩さない、

いわば「重ね絵」のような重大なメッセージを孕んでいました。

――彼女にとても大事なことを教わり感謝しています。