『Ⅹ線とⅩ印』

私の近しい間柄の人間にホウシャセンギシがいる。

――放射線技師。

というのは、病院や診療所で主に放射線機器を扱っている。
レントゲンやCTを使って治療や検査をするのが仕事だ。


レントゲン検査を受ける患者さんは、みな一様に一種の不安を抱えているようだ。

だが、たいていの場合、それは一時的なものである。
レントゲン検査というのは、すぐに終わってしまうからだ。
室外の赤いボタンを押すと、室内に放射されるごく微量のX線が、
皮膚を、人体を、見透かす。

本来は、目に見えない身体の中が見えるなんて、まるで超能力の使い手のようでもある。
だから、彼はそれはもう、何千回、何万回とレントゲン写真を撮ってきたのである。

 

ある日の患者さんは、耳が聞こえなかった。

通常、撮影時に細かな指示が必要な場合は、室外のマイクを使って中にいる患者さんに伝えていた。
彼は、備え付けのマイクが使い物にならないことを感じて、
機転を利かせ、撮影終了の合図をするときには部屋の中に入って、両手を大きく交差させて「×」印をつくり患者さんに伝えた。
その患者さんは、レントゲン検査を受けることの不安感とは明らかに異なる表情を浮かべたという。

 

――テレビで見たことがある。
確かスキューバダイビングをする人たちは、
水中でチームやペアの人間に、
緊急事態であることを伝えたり、
コミュニケーションをとったりするためのルールがあって、
「ハンドシグナル」だったか、そんなものがあるのだそうだ。
手を相手に見えるように動かして、
「こう動かしたときには、こういう意味」とお互いが分かるのだそうだ。

 

「手話」があることは知っていたが、
自分にとっては難解で、無関係のものと思っていた。
英語はまったく話せないが、「Hello」という英語の意味は知っていた。
手話にとっての「Hello」を知りたいと思ったのが、
彼が手話をはじめたきっかけだった。

 

――それから、数年が経った。
彼は、あの日の咄嗟の「×」印が、
患者さんにとって「レントゲン検査終了」の合図ではなく、
「撮影失敗」の意味で受け止められてしまったのだと、
私に話してくれた。