「オリンピック、パラリンピック、そして」

 

オリンピックに次いでパラリンピックが終わって約1週間。
テレビや新聞では連日、競技の様子が報道されていたので、手楽来家に通所している利用者の方々も「今日のはすごかったね」「明日は○○選手が出るらしいよ」と、昼食の間に盛り上がることも。
 
ところが、先日、「そういえば、デフリンピックもあるけど次の開催国はどこだったけ?」と誰かが口にした(手話にした)とき、利用者の方々は目を丸くしたのでした。
 
「なに?デブ?」「いや、デフ」「???」
 
Deaf(訳:耳が聞こえない、ろう者)とオリンピック(olympic)を合成したもので「Deaflympics」というのが、世の中には実在しています。
 
他にも、知的障害者のスポーツ大会として位置づけられている「スペシャルオリンピックス」もあります。
 
今回、利用者の方々は全員、聴覚に障害があります。同じ障害を持った、耳が聴こえない人が出場する国際大会、それがデフリンピックで、パラリンピックよりも以前に開催しています。
 
確かにデフリンピックは一般の人たちの間でも知名度はあまり高くない方です。メディアに出てこない、見た目が聴者と変わらないからネタとして使いづらい、出場者がパラリンピックよりも極端に少ない、など、いくつかの社会的背景があります。
 
にもかかわらず、「初めて知った」という、聴こえない利用者が多かった。日本人でオリンピックを知らない、というような状況といえばイメージできるでしょうか。
 
私たちは知らない間に、日本人ならこれくらいのことは知っていて当然、という物差しを持っているかもしれません。
そして、「聴こえない人、ろう者、難聴者ならこれくらいのことは知っているだろう」という見方も知らずの間に持ってしまっているかもしれません。
 
利用者の方々は、耳が聴こえないにもかかわらず、なぜデフリンピックを知らなかったのでしょうか。
 
自分の身の回りにある情報を知るツール、それが言語だと思います。聴者が、テレビや新聞、人づてに聞く情報を「日本語」「英語」などで知ることができるように、一つの言語を使いこなすことによって、初めて情報を活用できます。
 
また、言語は、単に情報を知るだけでなく、活用することで物事の概念を広げていくことができます。
 
しかし、その言語を習得・学習することができていなかったら?
言語を身につけるための環境が整っていなかったら?
 
ろう者・難聴者の中には、日本語も手話も体系的に身につける環境に置かれること無く、言語を自由に使える術を知らないまま成人になる人もいます。
 
耳が聴こえない、ということは、日本語が耳に入らない(入れない)、ということでもあります。
 
聴者が耳で聞いて言葉を覚えていくという、同じプロセスをたどることがなかなか難しい、ということでもあります。
 
手楽来家には、そういったダブルリミテッドの成人ろう者もいます。手楽来家での就労を通して、自らの可能性を広げ、少しずつ社会との関わりを持ちながら、今までになかった概念を持ち始める状況もよく見られるようになりました。
 
最近は、責任のある仕事を任されて少しずつ自信を持ち始めている方もいます。
 
また、手楽来家に関わりのある聴者たちとの交流も、利用者の方々にとっては刺激を受け、もっとコミュニケーションがとれるようになりたいという声もありました。
 
「日本人なら知っていて当たり前」「聴こえないんだから知っていて当たり前」という常識を覆しながらも、あらためて、言語とは何なのか。なぜ、私たちは無意識のうちに物差しを持ってしまうのか、一度立ち止まって考えてみるといろいろな視点が見えてくると思います。
 
地域活動支援センター手楽来家では、ろう者・難聴者が概念を広げながら、自らの言葉を持ち、聴者との関わりを経て、円滑に社会参加できることを目指した支援を行っています。
 
もし、ボランティアのご希望や、利用してみたい方々がいましたらぜひお問い合わせください。