『もう手話が嫌い』

悩みと言うのは、その大きさを当事者にしか分からないものだと思う。

僕のように、手話を覚えようと頑張っている全国の手話サークルに通っている皆さんにとっては大きな悩みがきっとあるはずだ。

「ろう者の手話が早くて読み取れない」

「ろう者」というのは、「聾者」で、聴覚障害者だ。

僕は、いまとなっては昔、「ろう者」というのは生まれつき耳が聞こえない人のことなのだろうと、自分で勝手に納得していたが、あの頃に比べて知識が増えた今、それはどうも違うらしい。僕も、いろんな本を調べたり、新しい知識を得たりして、よけい分からなくなった。

まあ、とにかく、ろう者は手話を生活の中で使うことが多いから、その手話は自然で、早くて、すごい、とみんな言っている。(僕もそう思うけれど)

 

 

僕が手話を覚え始めたとき、手話の先生から、

今度ろう者が集まる飲み会があるから参加しないか、という誘いを貰った。

僕は、どんどん手話を覚えるのが楽しかったし、

それに先生と手話で会話ができる、自分の言いたいことが手話で伝わる、

ことに自信をもっていたから、期待して参加した。

 

 

だけど、そんな僕の期待を裏切るように、

僕は一気に手話が嫌いになった。

参加したろう者は20人くらいで、ろう者じゃないのは僕一人。

まわりで飛び交う手話に目が回って、

みんなが何を言っているのか、さっぱり分からなかった。

自己紹介もまともにできなくて、何でここにいるのか、早く帰りたかった。

とにかく恥ずかしかった。

分かったふりをするのも疲れて、僕は「もう手話は嫌い」と思ったけど、

縁は不思議なもので、 僕は今日も手話をしている。

 

「もう手話が嫌い」という経験は大きい。

悩みを解決するためには、その経験をしているか、していないかはとてつもなく大きい。

 

と僕は思う。

 

若いろう者から、「飲み会がしたい」と言われて、

今度、僕はろう者が20人くらいの飲み会を企画することになった。

今はもう僕1人で参加しても手話が分からなかったりすることはないけど、

僕以外のろう者じゃない人にも、

「もう手話が嫌い」と思ってほしくて、今度の飲み会には、

ろう者じゃない人も5人くらい誘った。(いじわるではない)

 

 

だけど疑問と言うのは尽きない。

例えば、「ろう者は体温を計る時に、体温計の合図の音をどうやって知るのか」

とか、「飲み会の電話予約をどうするのか」とか気になる。

 

今度聞いてみようと思う。