『あっかんべえ』

 

水たまりを覗き込んだら、そこには水面に歪んだ私の顔がうつった。

 

私には、自分がとても小さな存在のように思えてならなかった。

 

自分が自分を見るのがとても不自然なことのように思えた。

 

そこにいる自分と、そしてその自分をとらえる私の目、この二つをうまく処理できた時、本当の自由はそこにあるのではないかと、ふと思ったりした。

 

 

 

私は目の前のその憎らしい人間に向かって、あっかんべえをした。

 

 

 

彼はどのようにして、自分が障害者だということに向き合ってきたのだろうか。

 

ありのままの自分を受け入れるためには、そこには、どんなきっかけが必要なのだろう。

 

 

 

私は、耳は聞こえればいいと思っていた。目は見えればいいと思っていた。手足が満足に使えればいいと思っていた。

 

でもそれは少し違っていたのかもしれない。

 

耳が聞こえる、聞こえない。目が見える、見えない。手足が満足に使える、使えない。それがどういうことか考える人は少ないようだ。

 

認めることと諦めることは違うようだ。

 

 

 

車椅子の人を誰かが邪魔だと言った。

 

私はついにそこにマイナスの価値を見出した。

 

 

 

ホームレスという類の人たちがいることを知った。

 

貧乏で、仕事がなくて、人間の屑だと罵る人がいた。

 

私はついにそこにマイナスの価値を見出した。あんな人間になりたくないと思った。あの人にはお金がない、世間体のことを考えていない、なんの努力もしていない、私は彼よりも人間的だ。

 

 

 

「そんな風に考えるのは、とても危険だよ」

 

誰かが主張した。

 

 

 

私の価値判断というのは、作られたものでしかなかった。決して作ったものではなかった。知らないうちに、ぼんやりと、一方で絶対的に塗りつぶされた幻想に、肝心の私はいなかった。その中に私はいなかった。

 

 

 

水たまりを覗き込んだとき、

 

やっぱりそこには肝心の私がいた。

 

私は目の前のその憎らしい人間に向かって、あっかんべえをした。

 

すると驚いたことに、その人間は、私に向かってあっかんべえをした。