『見られていると出ない』

 

子どものころから、きまって

「一人っ子だとわがままでしょう」とか、

「一人っ子だと可愛がられたでしょう」

とかよく言われるので、うんざりしている。

そんなふうに思うのは勝手だけど、

疑いをもたないのは怖い。

私は脳科学者でも何でもないのだけど、

人間の思考と言うのは、どうも自身でも操れない領域があるらしい。

 

私の経験談になってしまうけれど、

多分周りの人は、

私を耳が聞こえない人間として見ることはあっても、

一人っ子として見ることはないのだろう。

 

病院に行くことがある。

病院は生活に欠かせないものだし、

誰もが使いやすいように声をあげる必要性があると思う。

 

透明のマスクを見せてもらったことがある。

いたく感心したものだ。

 

何のことかと言うと、呼ばれても聞こえない私は

看護師さんや医師の口の動きや微妙な変化を

頼りにしたいのだが、病院と言うのは衛生上マスクを

しているから、受付でいつ呼ばれるのか不安でしょうがない。

 

最近は呼び出し番号を電光掲示板に表示する

病院も増えてきたけれど、あれは表示と同時に音が鳴るらしい。

見上げないと見えない位置にあることも多いし、

掲示板があっちの診察室にも、

こっちの診察室にもついていることもあって、

どっちに点くのか分からないことがあった。

 

結局私は、私が呼ばれるタイミングを決して

逃さないように、誰よりも看護師さんの動きに逐一反応することには

人一倍自信があるのである。

 

なかには、わざわざマスクを外して話してくれる方もいる。

また、呼ぶときには目線で示してくれたり、

肩を叩いて合図してくれる方もいて、

心理的に気を遣わずに済むこともある。

 

けれども世の中の万象には逆があって、

検尿検査だというのに、わざわざトイレの中についてきて、

何か手伝えることは無いかという熱心な方もいて

あれにはたまげた。たまげた。