『耳が聞こえないから』

 

僕はサッカーをやっている。

僕たちの高校のサッカー部には、

生まれつき耳に障害を持ったKくんがいる。

 

 

彼は運動神経が抜群によくて、背も高い。

3年になると彼はチームのキャプテンになった。

僕は、ベンチの控えに回ることも多かったけれど。

 

練習試合なんかがあると、

試合を観に来た選手の親などは、

「耳が聞こえないのに、聞こえる人に囲まれた中でサッカーをやっているなんてすごいわ!」

「感心するわね。きっと人一倍努力してきたのね」

などと彼を賛美するかのような応援が

観客席から必ず聞こえる。

 

 

あるときには、

新聞社の人が、練習している

僕たちのグラウンドに我が物顔で

入ってきては、彼にマイクを向けていた。

数日後には、

『難聴のキャプテンと目指す国立のピッチ』

たる見出しが地元の新聞に載った。

 

でも僕は知っている。

彼をそんな特別な目で見つめる観客席の人間が、

彼が耳が聞こえないために困っていそうな時に、

見て見ぬふりをすることを。

練習が終わった後の部室で、Kくんは

僕たちが交わす冗談話に入ることができずにいることを。

 

 

――何だよ、僕だって誰にも言わないけれど、

実は生まれつき、両足の中指から小指にかけての

爪が生えてこないのに。

多分そうそういないから、

『足の爪のないサッカー選手』として

新聞に載ったっていいのに――。

 

 

――ある日、僕はKにケンカを売った。

僕たちのサッカー部では、

今の監督が監督に就任する前の監督の時代から、

メンタルトレーニングの一環として

和琴の練習メニューがある。

地域の熟練の先生を招いて、

琴を奏でていただき、

僕たち選手はその響きに合わせて、

和歌を合唱するのである。

変な練習だと思うかもしれないが、

監督いわく、腹の底から声を出すことが、

有酸素運動に効果があるし、

精神を研ぎ澄ませて集中力を高めるために

生みだした極秘練習メニューなのだそうだ。

 

Kくんは音が聞こえないからと、

監督からこの練習への参加を

免除されていた。

 

 

僕はどうしてかそれが

不満でしょうがなかった。

Kくんに向かって僕は

「どうして練習に参加しないのか」

悪意をもって言い放った。

彼は驚くべきことに

「どうしてか分からない」と自分の声で言った。

「・・・え」

『耳が聞こえないから』以外の答えを予想していなかった僕は、

どんなに間抜けな顔をしていただろう。

 

そして彼は、「ありがとう」と言った。

 

――後日、Kくんも次のその極秘練習の時間に加わっていた。

いつもよりオヤジギャグが増して上機嫌に見える監督は、

僕と目を合わせようとしなかった。