『髪の毛、まゆ毛、ひげ、目、鼻、口』

――私はもっと普通の父親が欲しい。
せめて耳の不自由がない父親が。
みんなと同じようなごく普通のお父さん。

 

ちゃんと話をできて、
私のことをちゃんと分かってくれる父親。

お父さんは、仕事がうまくいった日の夕食には、
決まって手を巧みに動かして自慢話をする。
もう何度も訊いた話を自信満々に語る。
お父さんの表情を見ると、
今日の仕事がうまくいったのか
いかなかったのか、一目瞭然である。
お父さんは手話を使っている。

 

東京の会社に勤めていた頃に、
昭和天皇の行幸があり、
「あなたはお耳の聞こえないことで不便も多いでしょうに、
とても立派なお仕事をなさっていて頭が下がります」
と声をかけて頂いたのだそうだ。
その話を家族はもとより、
近所の人や、初対面の人に対しても
恥ずかしげもなく何度も話すのである。

 

それに、友達のお父さんは
海や山に連れて行ってくれたり、
一緒に映画を観に行く子もいるのに、
うちのお父さんはそんなこともない。

 

お母さんはお昼と夜に、パートの仕事で
ほとんど家にいないから、私はいつも一人だった。
お父さんは家にいる時間も長かったけど、
話ができないから、私はお父さんには反応を示さなくなった。
ご飯のとき、私はお母さんとばかり話すようにした。
そんなとき、お父さんはいつも寂しそうに
お皿に箸を伸ばした。

 

―ある時、お母さんと話をした。
「お母さんはどうしてお父さんと結婚したの?お父さん耳が聞こえないじゃない。」
「それは、お父さんに惚れたからよ。」
――?
「私、もっと普通のお父さんが良かった。」
「―アキ。間違ってるわ。アキは誰よりもお父さんのことを分かっているじゃない。アキのお父さんの代わりは誰ができるの?あなたのお父さんは『普通のお父さん』よ。」

 

私は、お母さんから初めて聞かされる話をたくさんされた。

 

耳の聞こえないお父さんが、お母さんと結婚するまでには、
お互いの両親から「苦労するのではないか」と猛反対があり、
短くない月日を費やして、ようやく話がまとまったのだそうだ。
お父さんは何度も何度もお母さんの両親のもとに
頭を下げてお願いに足を運んだのよ、とお母さんは話した。

 

あんまり覚えてないけれど、私が小学校にあがると、
授業参観や運動会には、決まってお父さんは「仕事を休んでも行く」とお母さんに言って聞かなかったらしい。
授業の参観時間が終わると、
お父さんは決まって職員室の先生のところに行き、
「うちの子は元気にやっていますか。自分は耳が聞こえないけれど、そのことでうちのアキがいじめられたり、悩んだりすることは無いですか」
と熱心に聞いていたそうだ。

 

―幼稚園の頃には、私もお父さんとよく遊んでいた。
そのころに描いたお父さんの似顔絵が、
今でも書斎に飾ってある。

 

―ふと、お父さんが言った言葉を思い出した。
「俺は聾唖に生まれた。本当にすまない。だが、天を恨んではいない。他の父親と同じようにお前と話すことはできないけど、他のどんな父親よりもお前のことを大切に思っている。分かってほしい。」

 

私は―。
私は、たった一人しかいないお父さんと向き合おうとしなかった。
知ろうという気持ちに自ら蓋をしてしまっていたんだ。

 

―親は、
それだけで何よりも強い。

 

 

私は今日学校から帰って、
久しぶりにあの似顔絵を見てみた。
すると、一つ気づいたことがあった。
お父さんの顔には耳が書いてなかったのだ。

 

しばらく絵を見ていたけど、
なんだか私はちょっとおかしくなって笑ってしまった。

 

そして、お父さんの机の上にあったメモ用紙に
「お帰りなさい。仕事お疲れ様。」
と私は書いて置いておいた。